ブラームス《ドイツ・レクイエム》とは?作曲の経緯・全7曲の構成・バリトン独唱を解説

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どうも、バス歌手の氷見 健一郎です。

今回は、ヨハネス・ブラームスの代表作《ドイツ・レクイエム》について紹介します。

「レクイエム」と聞くと、モーツァルトやヴェルディの作品のように、ラテン語による死者のためのミサ曲を思い浮かべる方が多いかもしれません。

しかし、ブラームスの《ドイツ・レクイエム》は、それらとは成り立ちも、テキストも、作品が向き合っている相手も大きく異なります。

この曲がまず語りかけるのは、亡くなった人ではありません。

大切な人を失い、地上に残された人々です。

この記事では、作品が生まれた経緯、全7曲の構成、初演をめぐるエピソード、そしてバリトン独唱が担う意味について、海外の研究書、ブラームス研究所の作品資料、原典版楽譜などを参照しながら解説します。

《ドイツ・レクイエム》の基本情報

正式な題名は、

Ein deutsches Requiem nach Worten der heiligen Schrift

《聖書の言葉によるドイツ・レクイエム》作品45

です。

  • 作曲:ヨハネス・ブラームス
  • 主な作曲時期:1865~1868年
  • 編成:ソプラノ独唱、バリトン独唱、混声合唱、大管弦楽、任意のオルガン
  • 構成:全7曲
  • 演奏時間:約65~80分
  • 使用言語:ドイツ語

ブラームスは、ルター訳聖書の旧約聖書、新約聖書、旧約聖書続編から、自ら言葉を選び、組み合わせました。

2022年に刊行された新ブラームス全集の原典版も、この作品を「伝統的な典礼の死者ミサではなく、無常、悲しみ、慰めを扱う、きわめて個人的に選ばれた聖書テキストによる作品」と説明しています。

一般的なレクイエムと何が違うのか


カトリックの死者ミサで用いられるレクイエムの典礼文は、ラテン語でほぼ定型化されています。

そこには、死者に永遠の安息を願う祈りや、最後の審判の恐ろしさを描く「怒りの日(Dies irae)」などが含まれます。

一方、ブラームスはこの典礼文を使用しませんでした。

第1曲の冒頭で歌われるのは、マタイによる福音書の言葉です。

Selig sind, die da Leid tragen, denn sie sollen getröstet werden.

「悲しむ人々は幸いである。その人々は慰められる」という意味です。

つまり作品は、死者への祈りではなく、悲しみの中にいる生者への祝福から始まります。

終曲では「主にあって死ぬ者は幸いである」と歌われます。第1曲の「悲しむ者」と第7曲の「死者」が、同じ Selig(幸いである) という言葉で結ばれているのです。

このため、《ドイツ・レクイエム》はしばしば「生きている人のためのレクイエム」「慰めのレクイエム」と呼ばれます。

ただし、「人間的な作品だから、キリスト教的な意味を持たない」と単純化することもできません。

テキストはルター訳聖書から採られ、第6曲では死者の復活と死への勝利が明確に歌われます。

音楽学者R・アレン・ロットは、初期の演奏史やルター派音楽との結びつきを検証し、この作品がブラームスの時代にはキリスト教作品として受け止められていたことを指摘しています。

一方、マイケル・マスグレイヴをはじめとする研究者は、特定の教派を超えて人間の悲しみと慰めを描く、作品の普遍性を重視してきました。

《ドイツ・レクイエム》は、プロテスタントの聖書と音楽文化に深く根差しながら、信仰の有無を問わず、人間の喪失感に語りかける作品と捉えるのが自然でしょう。

作曲の経緯――シューマンと母の死

《ドイツ・レクイエム》の成立には、ブラームスにとって大切だった二人の死が関係していると考えられています。

一人は、ブラームスの才能をいち早く世に紹介したロベルト・シューマンです。

シューマンは1854年に精神的な危機に陥り、1856年に亡くなりました。

この時期にブラームスが構想していた二台ピアノのためのソナタ、あるいは交響曲の素材の一部が、後に《ドイツ・レクイエム》第2曲の葬送行進曲へ転用されたと考えられています。

ただし、1850年代の素材から現在の第2曲に至る正確な過程には、資料上まだ議論があります。

「シューマンの死をきっかけに、すぐレクイエムを書き始めた」と一本道で説明するのは慎重であるべきでしょう。

もう一人は、母クリスティアーネです。

母は1865年2月に亡くなりました。

同年4月、ブラームスは後に第4曲となる「あなたの住まいは、なんと愛しいことでしょう」の草稿をクララ・シューマンに送っています。作品の具体的な構想が確認できるのは、この頃からです。

ブラームス自身は後年、「母のためにレクイエムを書いた」と単純に決めつけられることを好みませんでした。そのため、この作品を母だけへの追悼曲と断定することはできません。

しかし、母の死が作曲を進める大きな契機になったこと、また後から加えられた第5曲の中心に「母がその子を慰めるように、私はあなたがたを慰める」という言葉が置かれていることからも、母の記憶が作品の重要な背景にあった可能性は高いと考えられます。

初演までの道のり

ブラームスは1866年8月までに、現在の第5曲を除く6曲をほぼ完成させました。

1867年12月1日、ウィーンでヨハン・ヘルベックの指揮により、第1曲から第3曲までが試演されます。

しかし準備が十分ではなく、とくに第3曲後半の長い保続低音とフーガは聴衆に強い違和感を与え、成功とはいえない結果に終わりました。

大きな転機となったのは、1868年4月10日の聖金曜日、ブレーメン大聖堂で行われた6曲版の演奏です。

ブラームス自身が指揮し、バリトン独唱は当時の名歌手ユリウス・シュトックハウゼンが務めました。

この演奏は大きな成功を収め、ブラームスが国際的な作曲家として認められる重要なきっかけになります。

会場の音楽監督カール・マルティン・ラインターラーは、作品にイエス・キリストへの直接的な言及がないことを気にしていました。

ブラームスはラインターラーへの手紙で、「ドイツ」という語さえ外し、「人間のためのレクイエム」と呼んでもよいという趣旨を述べ、ヨハネ福音書3章16節のような直接的な救済の言葉を意識的に選ばなかったことを説明しています。

このやりとりは、ブラームスが聖書を軽視していたことを示すものではありません。

むしろ、既成の典礼や教義をそのまま音楽にするのではなく、自分自身で選んだ聖書の言葉によって、喪失から慰めへ向かう道筋を作ろうとしたことを示しています。

ブレーメンでの成功後、ブラームスはソプラノ独唱を伴う「あなたがたは今、悲しんでいる」を作曲し、現在の第5曲として加えました。

ブラームス研究所の作品目録によると、第5曲は1868年9月17日にチューリヒで私的に試演され、完成した全7曲版は1869年2月18日、カール・ライネッケ指揮のライプツィヒ・ゲヴァントハウスで初演されました。

全7曲の構成と聴きどころ

冒頭の言葉主な出典音楽と内容
第1曲Selig sind, die da Leid tragenマタイ5:4、詩編126悲しむ人への静かな祝福。ヴァイオリンを使わない深い響きから始まる
第2曲Denn alles Fleisch, es ist wie Grasペトロ一1、ヤコブ5、イザヤ35「人は草のように滅びる」という葬送行進曲から、永遠の喜びへ向かう
第3曲Herr, lehre doch mich詩編39、知恵の書3:1バリトン独唱が自らの死と命の限界を問い、合唱がその祈りを共有する
第4曲Wie lieblich sind deine Wohnungen詩編84全曲の中心に置かれた、神の住まいへの憧れ。明るく穏やかな間奏曲
第5曲Ihr habt nun Traurigkeitヨハネ16:22、シラ書51、イザヤ66:13ソプラノ独唱による母性的な慰め。後から加えられた最も親密な曲
第6曲Denn wir haben hie keine bleibende Stattヘブライ13:14、コリント一15、黙示録4:11バリトンが復活の神秘を告げる。死への勝利から壮大なフーガへ至る
第7曲Selig sind die Toten黙示録14:13死者の安息を静かに祝福し、第1曲と同じ「Selig」に回帰する

全体はしばしば、第4曲を中心とするアーチ形の構造として説明されます。

第1曲と第7曲は「Selig」という同じ言葉とヘ長調の静けさで対応し、第2曲と第6曲はそれぞれ「人間の肉体の滅び」と「死への勝利」を大きな合唱で描きます。

第3曲ではバリトン、第5曲ではソプラノという一人の声が前面に出て、個人的な不安と慰めを担います。

ただし、第5曲は6曲版の完成後に加えられました。

現在の見事な均衡だけを見て、最初から完全な左右対称として設計されていたと断定しない方がよいでしょう。

ブラームスは作曲と実演を重ねながら、最終的な形へ作品を育てていったのです。

バリトン独唱は第3曲と第6曲

《ドイツ・レクイエム》には、バリトン独唱が登場する楽章が2つあります。

ここで重要なのは、どちらもオペラやオラトリオに見られるような、独立した「アリア」ではないということです。

独唱者は合唱から完全に切り離された主人公ではなく、合唱の中から立ち上がる一人の人間として歌い始めます。

その個人的な言葉を合唱が受け取り、やがて全人類の問いや確信へ広げていくのです。

第3曲「Herr, lehre doch mich」――死を前にした一人の問い

第3曲で初めて、作品の中に強い「私」の意識が現れます。

Herr, lehre doch mich,
daß ein Ende mit mir haben muß,
und mein Leben ein Ziel hat,
und ich davon muß.

「主よ、私に教えてください。私には終わりがあり、命には限りがあり、ここを去らなければならないことを」という祈りです。

独唱者が言葉を差し出すと、合唱がそれを繰り返します。

一人の死への恐れが、次第にすべての人間に共通する問いへ変わっていきます。

前半では、調性も感情も安定しません。

人は影のように歩き、何を頼りにすればよいのか分からない。

その不安が極まったところで、「正しい者の魂は神の御手の中にある」という答えが現れます。

結尾のフーガは、低音に長く保たれるニ音の上に築かれます。

揺れ続けていた人間の問いが、動かない大地のような音の上に置かれる。

第3曲の劇的な意味は、大声で信仰を宣言することよりも、不安が確かな足場を見いだす過程にあります。

独唱者には、重々しい声量だけでなく、長いドイツ語の文章を自然に運ぶレガート、内省的な表現、合唱へ言葉を手渡す柔軟さが求められます。

第6曲「Denn wir haben hie keine bleibende Statt」――復活の神秘を告げる声

第6曲は、作品全体の最大のクライマックスです。

合唱が「私たちは、この地上に永遠の住まいを持たない」と歌った後、バリトンが次の言葉を告げます。

Siehe, ich sage euch ein Geheimnis.

「見よ、私はあなたがたに奥義を告げる。」

第3曲の独唱が、自分の死を前にした「問い」だったのに対し、第6曲の独唱は、人々に復活の神秘を伝える「告知」です。

最後のラッパが鳴り、死者は朽ちないものとしてよみがえり、人間は変えられる。

そして「死は勝利にのみ込まれた」と歌われます。

ここでは第3曲以上に、明瞭な発音、言葉の推進力、オーケストラを越えて届く中高音域の響きが必要になります。

しかし、オペラの王や祭司のように威圧的に歌うだけでは、作品の本質から離れてしまいます。

独唱者の役割は、自分の力を誇示することではなく、聴衆と合唱に言葉を届け、巨大な合唱の勝利へ橋を架けることにあります。

ヘンデル《メサイア》と同じ「最後のラッパ」の聖書箇所

第6曲を聴いて、ヘンデル《メサイア》のバス・アリア〈The trumpet shall sound〉を思い浮かべる方もいるかもしれません。

実は、この二つの作品は同じ聖書箇所と深く結びついています。

ブラームスが第6曲に用いたのは、「コリントの信徒への手紙一」第15章第51、52、54、55節です。ここでは、最後のラッパが鳴るとき、死者が朽ちないものとしてよみがえり、人間が変えられること、そして死が勝利にのみ込まれることが語られます。

一方、ヘンデル《メサイア》第3部では、バスによる伴奏付きレチタティーヴォ〈Behold, I tell you a mystery〉に続き、〈The trumpet shall sound〉が歌われます。こちらも同じ「コリントの信徒への手紙一」第15章から採られた言葉です。ヘンデル《メサイア》の歌詞資料

しかも、どちらの作品でも、この「復活の秘密」を告げる役割がバスまたはバリトンという低い男声に与えられています。

ただし、同じ聖書箇所でも、その描き方は大きく異なります。

ヘンデルは実際の独奏トランペットを登場させ、バス独唱との華やかな対話によって「最後のラッパ」を鮮やかに描きました。それに対してブラームスでは、バリトン独唱が厳粛に復活の秘密を告げ、その言葉を合唱と管弦楽が受け取り、やがて「死に対する勝利」という巨大な共同体の宣言へと発展させていきます。

同じ聖書の言葉が、ヘンデルでは輝かしいバス・アリアとなり、ブラームスでは独唱、合唱、管弦楽が一体となった壮大な交響的音楽へと姿を変えているのです。

〈The trumpet shall sound〉については、こちらの記事で詳しく解説しています。

ヘンデル《メサイア》The trumpet shall sound|バスソロとトランペットが告げる復活の希望

「バス独唱」と呼んでもよいのか

原典の指定は、明確に Bariton-Solo(バリトン独唱) です。

したがって、作品解説やプロフィール、レパートリー表では、声種がバスの歌手であっても、

ブラームス《ドイツ・レクイエム》バリトン独唱

と書くのが最も正確です。

一方、実演では低めのバリトンやバス・バリトン、上の音域に柔軟性のあるバス歌手が歌うこともあります。

その意味では、バス歌手が自分のレパートリーとして取り組むこと自体に問題はありません。

ただし、このパートは「低音の深さを聴かせるバス・ソロ」ではありません。

むしろ重要なのは、

  • 中音域から中高音域で言葉を明瞭に届けられること
  • 厚い合唱とオーケストラの中でも声が埋もれないこと
  • ドイツ語の子音を立てながら、フレーズを細切れにしないこと
  • 第3曲の内省と第6曲の宣言を歌い分けること
  • 独唱と合唱を一つの流れとして捉えること

です。

声の暗さや低音の量だけで選ぶと、かえって苦しくなる作品です。

バス歌手が歌う場合にも、上の音域を押さずに保てることと、明るさを失わない母音設計が重要になります。

死を描きながら、生きる人を慰める音楽

《ドイツ・レクイエム》には、最後の審判の恐怖を劇的に描く「怒りの日」はありません。

その代わりにブラームスが描いたのは、悲しみ、無常、問い、憧れ、母性的な慰め、復活への希望、そして静かな安息です。

第1曲で祝福された「悲しむ人々」は、全7曲を通して少しずつ視線を上げ、第7曲で「主にあって死ぬ者は幸いである」という言葉にたどり着きます。

死を説明し尽くすのではなく、残された人が悲しみを抱えながら生きていくための場所を音楽の中に作る。

それこそが、《ドイツ・レクイエム》が現在まで多くの人に歌われ、聴かれ続けている理由なのだと思います。

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