24/05/28 新たな名作との出会い。ヘンデルの最後のオペラ、デイダミーアを鑑賞してきました。
氷見 健一郎公式サイトをご覧下さりありがとうございます。
5月26日、めぐろパーシモンホールにて行われた、東京二期会さんの《デイダミーア》を鑑賞してきました。今回はその様子をまとめたいと思います。
今回ご紹介する公演はこちら
《デイダミーア》
オペラ全3幕
日本語字幕付き原語(イタリア語)上演
台本:パオロ・アントニオ・ロッリ
作曲:ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル
日時 2024/05/26 14時開演
会場 目黒パーシモンホール 大ホール
指揮 鈴木 秀美
演出 中村 蓉
キャスト
デイダミーア 清水 理沙
ネレーア 田中 沙友里
アキッレ 渡辺 智美
ウリッセ 武藤 あゆみ
フェニーチェ 室岡 大輝
リコメーデ 水島 正樹
ダンサー
北川 結
田花 遥
中川友里江
安永ひより
長谷川 暢
望月寛斗
合唱 二期会合唱団
管弦楽 ニューウェーブ・バロック・オーケストラ・トウキョウ(NBO)
めぐろパーシモンホール 大ホール
めぐろパーシモンホールは、東横線の都立大学駅より徒歩7分のところにあります。改札を出ると、公演のチラシと地図が掲載されていました。道順もまっすぐ歩くだけなのでとてもアクセスは簡単ですね。道中いろいろなおしゃれで美味しそうなお店が立ち並び、その誘惑と戦いながらホールへ向かいます(ちなみに帰り道は負けましたw)。
めぐろパーシモンホール 大ホールは客席数1200席のホールで、残響時間は、音響反射板ありで2.0秒、なしで1.4秒です。今回はオペラ公演なので反響板は使われていません。
座席にはリクライニング機能が付いており、とてもリラックスしてオペラを楽しむことができました。今回選んだ座席は二階席のやや中央寄りの席で、舞台も、オーケストラピットも両方見ることができる、視覚的にも音響的にもとても満足できた座席でした。天井もおしゃれで、とても居心地の良い空間に好感が持てました。
ヘンデルのオペラ《デイダミーア》
ジョージ・フリードリヒ・ヘンデル(1685-1759)は、バロック時代を代表する作曲家の一人であり、多くのオペラやオラトリオを作曲しました。中でもハレルヤ・コーラスで知られる《メサイア》や、組曲《水上の音楽》は特に有名だと思われます。オペラアリアですと、《リナルド》の”私を泣かせてください”や、《セルセ》の”かつて木陰は”は馴染み深いですね。
ヘンデルのオペラ《デイダミーア(Deidamia)》は、彼が作曲した最後のオペラ作品です。《デイダミーア》は1741年1月10日にロンドンのリンカーンズ・イン・フィールズ劇場で初演されました。この時期ロンドンでは、イタリアオペラ作品の人気が低迷しており、観客の興味はオラトリオへと移りつつありました。
その影響で上演回数はなんと合計3回だったそうです。
登場人物とあらすじ
《デイダミーア》は、ギリシャ神話に基づく物語で、トロイ戦争を背景にしています。この戦争で、アキッレは命を落とす運命にあると予言されていました。それを恐れた母テティスは、スキュロス島の王リコメーデに頼み、アキッレを見つからないように女装させ、匿ってもらっていました。
登場人物
デイダミーア(ソプラノ):スキュロス王の娘であり、アキレウスの恋人。
ネレーア(ソプラノ)デイダミーアの友人
アキッレ(ソプラノ):ギリシャの英雄であり、デイダミーアと恋に落ちる。
ウリッセ(メゾソプラノ):イタカの王。アキッレをトロイ戦争に参加させるために彼を探し出す。
フェニーチェ(バス):アルゴスの王
リコメーデ(バス):スキュロス王であり、デイダミーアの父。
あらすじ
1幕
スキュロス島の王宮から物語が始まります。リコメーデ王にウリッセとフェニーチェは、ギリシャ軍の勝利のためにアキッレの引き渡して欲しいと要求する。リコメーデ王は、友人ペレウスの息子アキッレを匿ってはいたが、「すでに島を離れている」と答えるも、彼らに島内の捜索を許可する。
場所が変わり、宮廷柱廊。宮廷の女性たちが手仕事をしている。リコメーデ王の娘デイダミーアが、親友ネレーアにアキッレの様子を聞く。アキッレは女性として生活し、デイダミーアと恋仲にあったが、彼の女性らしくない振る舞いにデイダミーアは常にハラハラしている。
デイダミーアはアキッレに「私を愛しているなら、女性らしく振る舞う努力をして欲しい」と訴えるが、アキッレは気にせず鹿を見つけるとすぐに追いかけていってしまう。
2幕
夜、ウリッセが酒の席を催し、女性たちを口説くふりをして情報を探る。フェニーチェは調査するなかでネレーアに心を奪われる。その後、ディーダミアとアキッレが現れるが、アキッレは戦士の鎧に心を奪われ、またしてもデイダミーアを置き去りにしてしまう。
ウリッセは独りになったディーダミアに近づき、アキッレの情報を得ようと話をして、彼女に恋人がいることを悟る。
そんなやり取りをしているディーダミアとウリッセを見たアキッレは一方的に腹を立て、ケンカになってしまう。
リコメーデ王は狩りで客人をもてなすよう命じ、デイダミーアとネレーアはアキッレの正体がバレないよう、英雄たちの注意を引こうと画策する。
リコメーデ王はウリッセに島の自然の美しさを語りながら、このまま波風のないまま人生を終えたいという気持ちを伝える。
狩り競争が始まり、デイダミーアとネレーアはウリッセたちをアキッレから遠ざけようとするが、ウリッセは鹿を追う活発な女性を見つけてしまう(これがまさしくアキッレだった)。
ウリッセはアキッレに近づき、アキッレを女性として扱って話しかけ反応を見る。アキッレは興味を持ち、話し込むが、デイダミーアは不安になる。
ウリッセが去ると、デイダミーアはアキッレを責め、言い争いになるが、アキッレには危機感がない。フェニーチェもアキッレに近づき、男であることを確認する。
3幕
場面は変わり王宮。フェニーチェはネレアに誠実に話しかけ、彼女の心を引き始める。
ウリッセは贈り物として美しい装飾品と武具を用意し、アキッレが武具に興味を示すと、襲撃を知らせるラッパ音を鳴らす。
アキッレは「王宮は僕が守る!」と叫んでしまい、ウリッセは彼が探し人であることを確信する。ウリッセは自らの正体を明かし、戦地に必要だと訴える。
リコメーデ王は、デイダミーアにアキッレは戦地で命を落とす運命にあることを告げる。デイダミーアは絶望するが、アキッレの出立を受け入れる決意をする。リコメーデ王はウリッセに二人の愛の証人となるよう依頼する。ささやかな結婚式が行われ、ウリッセとデイダミーアはアキッレの活躍を祈る。
公演を鑑賞して
この作品は今回初めて聴いたのですが、《デイダミーア》の初演が1741年で、《メサイア》の初演が1742年ということもあるのか、《メサイア》で聴き馴染みのあるモチーフが何箇所も登場し、どこか聞き覚えがあるなぁとニヤついてしまいました。
序曲がメサイアの序曲と展開、雰囲気もそっくりでした。当時のヘンデルの浮かんだ至高のアイディアが、どちらの曲にも埋め込まれているのかななんて考えてしまいました。
鈴木 秀美マエストロの指揮での序曲は、推進力に満ち溢れ、軽快ながらも深みのある音色に聴き惚れました。オペラの序曲はこれからの本編への期待が高まる重要な要素ですが、とてもワクワクする演奏に、初めて観る《デイダミーア》がとても楽しみになりました。古楽オケがピットに入ってのオペラを観ることのできる機会は珍しいので、とても貴重な公演ですね。
舞台はとてもシンプルで、宮殿の囲いのみの大道具ではあるものの、大きなボックスを組み合わせて、各シーンを表現したり、特に照明が作り込まれており、音楽の流れに合わせてプログラミングが変化するのが面白かったです。タイミングを合わせるのも難しいであろうに、巧みに切り替わり、素晴らしかったです。
女性の衣装では外側にパニエを着るスタイルで、女性はパニエの下はスカート、アキッレはパンツスタイルとなっており、変装しているのがわかるようになっていました。終盤、アキッレが隠れていることが見破られ、パニエを取り、パンツスタイルの男性に成り代わるようにした演出も、とても効果的だったように感じられました。
ダンサーが物語を一緒に紡いていくスタイルの演出スタイルがあることは知っていましたが、実際に鑑賞するのは今回が初めてでした。シーンの情景や、物語のバックグラウンドを表したり、時には登場人物の一員となったりとダンサーが6人で表現しているとは思えないほどの存在感で、ストーリーを進行していました。キレのある動きに注目してしまい、目が離せませんでした。
ダンスの振り付けについてどのように構成していくのかというところは、経験がないので、想像することしかできないのですが、音の響きにインスピレーションを得たようなモダンな動きから、バロック・オペラの様式にもある、感情を表す動きを取り入れているのかなと、あれこれと考えながら観ていました(全くもって違っていたらごめんなさいw)。
今回の公演で一番驚いたのは、ダンスで表現するのがダンサーだけでなく、歌手もという点。ただでさえ大変なアリアが続くところ、歌手もダンサーと一緒に踊りながら歌唱もこなします。数曲そういう演出なのかなと思いきや、全編にわたり、歌と振りを全身駆使してヘンデルの音楽を表現していました。すごい体力に脱帽です。
なお、合唱も例外ではなく、オーケストラピットでの歌唱時にも振りがつけられていました。
常に”動”の舞台はまったく飽きが来ることなく、時間があっという間に過ぎてしまいました。前半、後半それぞれ55分にカットしてまとめられていたということだけでなく、演出効果によるものが大きいと思われます。
バロック・オペラを観たというよりも、ポップアーティストのライブやエンターテイメントショーを観に行ったような気分に近いものを感じました。1700年代のものを観ているとは思えない現代の最新エンタメになっていました。
おすすめ曲
音楽に聴き入った箇所でいえば、今回の一部最後に歌われたリコメーデ王のアリアがいい曲でした。
デイダミーアとウリッセの2重唱も良い曲ですね。
最後に
ジュリオ・チェーザレ、アルチーナ、セルセに続いて4回目のこの企画。ずっと行ってみたいと興味を持っていたので、やっと鑑賞することができてとても良かったです。
どんなオペラなんだろうと、プレトークの動画が公開されていたのを事前に観ていったということもあり、初めて触れるオペラであったにもかかわらず、親しみやすかったように思います。当時のロンドンでのトレンドが影響して公演回数が少なかったものの、作品としては素晴らしく、なんども再演されるべき名作の一つだと感じました。
全編にわたってエネルギッシュな舞台を堪能しました。改めて今回の公演に携わった皆さんに大きな拍手を送りたいです。
なお、10月6日に同じくめぐろパーシモンホール 大ホールにて、鈴木 秀美マエストロの指揮で、オーケストラ・リベラ・クラシカ第48回定期演奏会が開催されます。
合わせてチェックしていただけますと幸いです。